今泉大輔さんのコラム 第2回「インド・チェンナイの海水淡水化PPP事例」

[ 2011/05/13 ]


※当コラムはインフラ投資ジャーナリストで、メディアプラネッツ代表今泉大輔様のご協力のもと、掲載しています。
(参考:今泉大輔さんのコラムがスタート 第1回『水インフラPPP事業の基本を押さえる』)

chennai

Image by seeveeaar

新興国ではインフラ整備にかける予算が限られているため、電力や上下水道などのインフラプロジェクトにおいて民間の資金調達力を活用するPPP(Public Private Partnership、官民連携)を実施するケースが少しずつ増えています。 PPPは、推進する行政側でも仕組みの学習や競争入札などの準備が必要であるため、必ずしも敷居が低いプロジェクト推進方法であるとは言えません。深謀熟慮の果てに、やむを得ず選択するケースが多いようです。

一方、競争入札を経て受注した民間企業側から見ると、官から求められるパフォーマンスをしっかりと果たした上で、プロジェクトファイナンスの融資を返済し、さらに自らにも利益(特別目的会社からの配当)が残るようにしなければなりません。 官側の要請と民側の収益性確保が交差するポイントが、値決めや取引条件です。今回の事例では、そのへんがどうなっているかをかいま見ることができます。

■インドでも海水淡水化普及の兆し

インドでは都市人口2億8,000万人のうち、上水道の便宜を受けられるのは50%だと言われています。インド全体では浄水施設から出た水のうち、40〜50%は漏水ないし盗水により失われています。また、水道メーターの未設置および故障率の高さにより、メーターで計量されているのは配水量の24%に留まります。 地方議会の反対などにより水道料金を改訂できずに現在に至っている自治体も多く、水道事業にかかるコストのうち水道料金でカバーされているのはインド全体で20〜30%だと推計されています。(出典:Asian Development Bank and Government of India, Toolkit for Public Private Partnership in Urban Water Supply for Maharashtra, 2009)

このようにインドの水道事業はこれからの整備に待つ部分が大きく、それだけに民間側には膨大な事業機会が眠っていると言えます。 今回の事例でチェンナイが導入した海水淡水化プラントは、水資源の不足をカバーするために検討している都市が複数あると伝えられています。従来、海水淡水化に熱心なのは中東産油国でしたが、仮に人口の多いインドでトレンドができれば大きな市場になります。日本企業にとってもチャンスが広がるでしょう。

■2003〜2004年には厳しい水不足を経験

タミルナドゥ州の州都チェンナイは周辺地域を含めた人口が740万あまり。インド東岸に面した古くからの港湾都市であり、90年代後半からフォード、韓国現代自動車、三菱自動車などが進出して、現在では「インドのデトロイト」と呼ばれています。

チェンナイの上下水道は公営のチェンナイ・メトロポリタン上下水道協議会(以下協議会)によって運営されています。取水源は3つの雨水貯水池が主であり、Well-Field(地下水が豊富に得られる地区)、隣接州からの導水、州内の水融通からも原水を得ています。  チェンナイ市に住む個人の生活を見ると、水は蛇口をひねればすぐ出るというわけにはいかず、私設水道、井戸手動ポンプ、公共給水スタンド、公共給水車などを併用しています。  協議会が各取水源から得る原水は9億8,500万リットル/日。これに対して需要は12億リットル/日あり(不足分が井戸などでまかなわれていると見られます)、慢性的な水不足の状況にあります。1人1日平均給水量は60〜100リットルに留まります(日本は400リットル弱)。2031年には需要が21億リットル/日に増大すると予測されており、取水源の拡張が急務です。

雨不足により2003年から2004年にかけては貯水池の水がほとんど干上がり、約1年間にわたって上水道が機能しない状況となりました。住民に対しては給水車による給水が続けられました。このまま雨が降らなければ、チェンナイ市全体の移転が必要になるという懸念も高まったそうです。進出した外国企業の中には、チェンナイに留まるかどうかの検討をしたところがあったのではないでしょうか。

■海水淡水化プラントを公開入札にかける

2003年5月に協議会は、インド初となる海水淡水化プラントの導入を決め、国外プレイヤーにも公開した競争入札を開始しました。入札の主な要件は次の通り。

・1日当たり造水量が1億リットルの海水淡水化プラントを建設、25年にわたって運営。

・PPPのタイプはDesign-Build-Own-Operate-Transfer(ファイナンスを民間が行うことも含まれている。契約年限終了後は協議会へ設備を移転)。

・海水淡水化プラントで造られた飲用水は協議会が買い取る。取引条件はいわゆるテイク・オア・ペイ。すなわち、協議会側の事情で造水の買い取りが不能な場合でも、造水容量の8割分の料金を協議会が支払う。

これに対して、地元企業のコンソーシアム、地元企業とスペイン企業のコンソーシアム、他州企業とスペイン企業のコンソーシアムなど7つのコンソーシアムが応札しました。ほとんどのコンソーシアムにスペイン企業が加わっていたのが特徴的です。

7コンソーシアムによって提示された総事業費は103億3,000万ルピーから185億8,000万ルピーまで開きがあり(協議会にとっては安い方がよい)、そのうち最低価格から4番目に高い金額を提示したインド・ハイデラバードのエンジニアリング会社IVRCLとスペインの環境事業会社Befesaとのコンソーシアムが落札しました。おそらくは技術面の提案が優れていたものと思われます。

落札後、IVRCLとBefesaは特別目的会社Chennai Water Desalination Ltd.を設立し、計8,600万ユーロ(98億2,000万円)の資金調達を行って、プラント建設を開始。1年程度の建設の遅れがありましたが、2010年8月に完成し、造水が始まっています。協議会側の買い取りコストは、1,000リットルにつき48.74ルピー(87.56円)となっています。(なお、この買水価格は、消費者等に転嫁できる水道料金を上回っているとのこと。超過分は協議会が負担している模様です。)

8,600万ユーロのうち、1,400万ユーロ(16億円)はドイツの投資会社DEGによる融資、5,200万ユーロ(59億4,000万円)はインドの銀行団による融資、2,000万ユーロ(22億8,500万円)はコンソーシアム企業2社による出資でまかなわれています。出資比率はIVRCLが75%、Befesaが25%。  様々な資料によると、この海水淡水化プラントの初期投資額は113億円〜121億円とのことで、上記8,600万ユーロ(98億2,000万円)との差額はインド政府の補助金(grant)によって埋められている模様です。

■「バンカブル」かどうかは発注側のPPPデザインによる

協議会が受注した特別目的会社に支払う料金は、造水量に関わる上記テイク・オア・ペイの料金以外に、変動コスト名目の料金も設定されています。変動コストとして想定されているのは、水処理膜などの消耗品費、化学薬品費、電力費、その他変動する可能性のあるオペレーション&メンテナンス費となっています。こうした製造量に関する料金と変動コストをカバーする料金とを2本建てにするのは、独立系発電事業のPPP案件でよく見られる形です。

このような価格建てにより、受注側にとっては、25年の契約期間全体にわたって収支見込みの確実な案件となっています。これはプロジェクトファイナンスで融資する側から見れば非常に大事なことであり、むしろ、マストとさえ言える条件です。仮に、テイク・オア・ペイがなく、先々において協議会側の買い取り価格が下がるようなことがあっては、長期の返済を受ける貸出側にとっては、融資しにくい案件となるでしょう。プロジェクトファイナンスによって数割の資金がまなかえなければ、プロジェクトは成立しません。

プロジェクトファイナンスの世界の用語として「バンカブル」(bankable)があります。バンカブルとは、そのインフラプロジェクトが、長期にわたって安定的なキャッシュフローを生み、返済原資を確実に稼ぐことができる事業になっていることを、一言でわかりやすく言う表現です。この案件は、協議会側のPPPのデザインが優れているがために、バンカブルなものになったと言うことができるでしょう。

 

■■■お知らせ■■■

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■■■プロフィール■■■

今泉大輔(いまいずみ だいすけ) ・インフラ投資ジャーナリスト blogs.itmedia.co.jp/serial/

「インフラ投資ジャーナル リサーチ&レポート」を運営 カードビジネス専門誌編集長を経てITジャーナリスト(著書複数)。日本総研などの銀行系シンクタンク、デロイトトーマツコンサルティングなどの外資系コンサルティングファームからリサーチを受託。米最大手ネットワーク機器会社に7年間あまりリサーチャーとして勤務、金融、電力、製造、流通小売などを担当。現在はインフラ輸出やインフラ投資などのインフラ事業を追う。

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