今泉大輔さんのコラム 第3回「大阪市水道局と関西水企業が取り組むホーチミン上水道事例からわかること」

[ 2011/06/14 ]


※当コラムはインフラ投資ジャーナリストで、メディアプラネッツ代表今泉大輔様のご協力のもと、掲載しています。
(参考:第2回「インド・チェンナイの海水淡水化PPP事例」

Ho-chi-minh

Image from DavidJGB

今回取り上げるのは、ベトナム・ホーチミンシティにおける上水道の事例です。大阪市水道局東洋エンジニアリングパナソニック環境エンジニアリング関西経済連合会の4者により、日本の高度な技術を使った上水道供給インフラの構築が進められています。 とはいっても、現在は実施設計に関する調査が終わった段階であり、本格展開はこれからです。この時点でわかってきたことを元に、新興国で行う上水道ビジネスの課題を整理してみたいと思います。

■2020年には水需要が倍増するホーチミン

ホーチミンシティは昔で言うサイゴン。南ベトナムの首都でした。現在は人口800万人に近いベトナム最大の都市です。経済都市の側面では200近い中規模〜大規模の市場、数十のスーパーマーケットチェーン、多数の高級品を扱うショッピングモールなどが存在。工業都市の側面では、ハイテク、電子、プロセシング、軽工業、建設、建材、農業生産物などの大企業〜小企業が約3万社存在しています。

水の需要は800万弱を数える都市の住民において大きいとともに、これらの企業や商業施設においても大きくなっています。 ホーチミンシティの水供給は国営企業から株式会社となったSaigon Water Supply Corporation(SAWACO)が一手に引き受けています。同市の水需要は2005年に175万立方メートル/日あります。これは東京都水道局の配水量430万立方メートル/日の約4割ですから、かなりの規模であることがわかります。

水需要は2020年には2005年の2倍近い360万立方メートルになると予想されています。 水源はSai Gon川およびDong Nai川に連なる運河網を経由する原水と地下水の2種類。前者から115万立方メートル/日、後者から8万6,000立方メートル/日が浄水処理を経て配水されています。需要の175万立方メートルとの差である50万立方メートルあまりは、家庭や企業が独自に保有する井戸から取水している模様です。 SAWACOは3,800kmあまりの配水管網を持ち、73万4,000の世帯に配水しています。1,000世帯につき5名の従業員がおり、年間売上は1億米ドル以上に上ります。

一方で、無収水率(収入が得られない配水量)は約40%に上り、水道事業体として健全な財務体質を築く上でも、今後の設備投資をする上でも無収水率の低減が課題となっています。

■複数の系統で国際支援が行われている

ホーチミンシティの水道の現状に関して、国際的な支援が複数の国や団体から行われています。アジア開発銀行の事例紹介記事である“Country Water Action: Viet Nam Ho Chi Minh’s Helping Hands” によると、フランス政府が無収水の原因解明のためのパイロットプロジェクトに資金援助を行い、これは2008年に終了しています。世界銀行系のInternational Development Associationは市の中心部における無収水率を下げるために、2008年から5年計画で4,390万ドルを拠出しています。この計画実施にはフィリピンの水道会社マニラウォーターが関わっています(マニラウォーターには三菱商事が資本参加)。

そのほか、オランダ政府も同市の無収水率低減を支援しているほか、アジア開発銀行はフランス政府から資金を得て同市の上水道事業に1億5,400万ドルを援助しています。 このように各国がホーチミンシティの水を支援するのは、ゆくゆく自国の水企業が参入するための足場作りという性格があるものと思われます。フランスの動きが目立ちますが、近い将来にヴェオリアが参入してくるのでしょうか?

■NEDOの予算で水道システムの実施設計調査

日本からは、大阪市水道局、東洋エンジニアリング、パナソニック環境エンジニアリング、関西経済連合会の4者がNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の予算による省水型・環境調和型水循環プロジェクトの一環として、2年にわたって実施設計調査を受託し、それが終了したところです。

ここでNEDOが実施する各種の調査について補足しておく必要があるでしょう。NEDOは経産省系の独立行政法人として、毎年国から事業予算を得て、日本企業の技術革新や海外展開につながる可能性のあるプロジェクトを企画し、その実施者(企業・大学等)を公募するという形で、多数のプロジェクトを進めています。カバー範囲は再生可能エネルギーからバイオテクノロジーに至るまで非常に幅広くなっています。 NEDOが実施するプロジェクトの特徴は、現時点では商業ベースに乗りにくい技術であっても、実際の現場に適用してみて知見を得、改良を加えれば商業性を有する可能性のある技術について、予算を付けて実施者を公募するというところにあります。NEDO自身がプロジェクトを行うのではなく、プロジェクト企画者として実施企業等を公募し、プロジェクトの進捗を監督する立場にあります。

これにより、技術を持っているのだけれども、なかなか現場に応用するチャンスがなくて困っている企業や、市場に出す前に実証実験で試行錯誤の場を持ちたいと考えている企業が、ちょうどよい機会を得られることとなります。NEDOの予算により商業性を備えて市場に出て行った技術はたくさんあるようです。 このNEDOの枠組みを使って、大阪市水道局、東洋エンジニアリング、パナソニック環境エンジニアリング、関西経済連合会の4者がホーチミンシティでの調査を受託しました。その背景には、関西地区には元々水関連の技術に優れた企業が複数あり、関西経済連合会としてはそれらの企業の海外進出を後押ししたいと考えているということがあります。

一方、海外での水事業の実施では、水道事業運営の経験がある事業体の参画が不可欠です。日本の場合はほぼすべての水道事業を自治体が行っていることから、大阪市水道局の参画を仰ぐこととなりました。東洋エンジニアリングは配水管敷設などのエンジニアリング技術を、パナソニック環境エンジニアリングは設備で使われる太陽電池技術を提供すると報じられています。

saigon river

Image from Tran’s World Productions

■明らかになった配水コントロールシステム実現の課題

これら4者により、2年にわたる実施設計調査を行ったところ、ホーチミンシティで導入して意味のある配水システムの形が見えてきました。あくまでも実施途中にあるプロジェクトということで、調査結果の内容は公開されていませんが、5月中旬に公表された関西経済連合会による意見書「PPPによる環境・インフラビジネス海外展開支援強化に関する提言」 によると、以下の点を窺い知ることができます。

・関西地区の複数の水関連企業の技術や製品を組み合わせることにより、ホーチミンシティの配水コントロールシステムを具体化できる。まずはモデル地区でそれを実現したい。

・SAWACOもそのことについて了解している。

・配水コントロールシステムを実現するにあたっては、必要な投資額を回収するための事業モデルの確立が不可欠。すなわち、適正な水道料金の設定、無収水率の低減、水道料金徴収体制の確立。それらについてはSAWACOに加えて、ベトナム政府側の協力が必要。

・あわせて、オペレーションを担う大阪市水道局の職員が、民間系の性格がある本事業で、現地における作業に携わることができるようになるためには、自治体職員の海外における民間事業への出向が可能になる法制度の調整が必要。

上記意見書はこれらの点について、政府に対応を要請する内容となっています。

■課題解決が企業のノウハウになる

この取り組みからわかったことには、大変に大きな意味があると考えられます。すなわち、日本企業、特に水関連のメーカーが海外に進出する際に遭遇する可能性のある課題の大きなポイントが見えてきたということです。 海外の水事業のオペレーションを経験している日本企業はないに等しいので、日本勢でコンソーシアムを組むとなれば、水道事業で数十年の実績がある自治体の力を借りなければなりません。自治体の職員が海外で、それも民間系の事業に携わるとなれば、身分の保障がきわめて大きな課題となります。 別な課題としては、新興国の場合は、上水道や下水道の料金徴収の仕組みが確立していないケースがあるという現実が見えてきました。

ホーチミンシティの場合は、私設の井戸からタダで水を得て利用している世帯や、盗水と意識しなくても実際には盗水をしている世帯などが相当な割合で存在しているものと見られ、そうした土壌の変革が必要になってきます。消費者のマインドづくり、料金徴収のインフラづくりなど、ソフトハードの両面にわたるてこ入れが必要です。この点はどの国の企業がホーチミンシティに乗り込んでいく場合にも遭遇する課題です。 こうした課題については、民間企業だけでは対処が難しいことは明らかです。従って、関西経済連合会では、あえて政府の注意を喚起する目的で意見書を提出したものと思われます。推測ですが、こうした公的な意見書があると、関連の官庁側でも動きやすくなるということがあるのではないでしょうか。

自治体職員の所属の問題は別として、現地で水道料金徴収の仕組みが確立していない部分については、他にも解決のルートがありそうです。1つは、JICAに発展途上国向けプロジェクトの枠組みを用意してもらい、JICAの予算によって水道料金徴収のシステム確立を図る方法。もう1つは、すでにホーチミンシティの水に対してプロジェクトを組んでいるアジア開発銀行のファイナンスのスキームに乗って、問題解決のプログラムを動かしてもらう方法です。 いずれにしても公の支援の仕組みを使わない限り、水道料金徴収の仕組みの確立は難しいのではないかと思われます。(とは言っても、マニラウォーターのように、純粋に民間の力だけ無収水率を著しく改善した事例はあります…)

もう1つ、発展途上国で水道事業を行う場合には、現地の可処分所得水準に合った水道料金体系にすると、初期投資にあまりお金をかけられないということがあります。事業モデルをエクセルで組み、20年といった期間で回してみるとすぐにわかる事実ですが、水道料収入が現地のごく低水準に限られる状況では、設備投資に回せる資金は少ないです。この問題に関して最近では、政府側が官民連携(PPP)でプロジェクトを行う際に、民間企業が投資回収できない部分を“Viability Gap Funding”と言って、差額分を埋める措置を行うことがあります。この点に関してはそうした相手国政府側の措置に期待すべきです。

ベトナムだけでなく諸外国における日本企業の水道事業の展開は、今始まったばかりであり、その都度、色々な課題が見えてきます。しかし、解決の方法がないわけではありません。おそらく、外国の水事業に取り組み始めたばかりのヴェオリアスエズも、各国で似たような問題に遭遇したはずです。それを解決していくことに企業のノウハウ蓄積があるわけであり、そこが長い目で見て利益の源泉になっていきます。日本企業はこうした課題を遠ざけるのではなく、何とか解決の道筋を見つけて、広大な市場を開拓していってほしいと思います。

 

■■■プロフィール■■■

今泉大輔(いまいずみ だいすけ) ・インフラ投資ジャーナリスト blogs.itmedia.co.jp/serial/

「インフラ投資ジャーナル リサーチ&レポート」を 運営 カードビジネス専門誌編集長を経てITジャーナリスト(著書複数)。日本総研などの銀行系シンクタンク、デロイトトーマツコンサルティングなどの外資系コ ンサルティングファームからリサーチを受託。米最大手ネットワーク機器会社に7年間あまりリサーチャーとして勤務、金融、電力、製造、流通小売などを担 当。現在はインフラ輸出やインフラ投資などのインフラ事業を追う。

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